されど われらが日々 ———
2026/1/4
東京大学の大学院生である文夫さんは、半年後には大学を卒業して語学の教師になり、地方で妻と平凡だけど平和な生活をするだろう。そしてその生活は少しの間幸福だろう。という退屈だけど安定した生活の予感を抱いている。
でも、古本屋で偶然手に取ったある全集をきっかけにして周囲の人間たちは自分の心の底にある願望と向き合うことになり、予感とは違った人生を歩んでいくことになる。
僕はこの本を新宿紀伊國屋書店のタイトル本特集コーナーで見つけた。
だけど、読書アプリに登録しようとしたら2年も前に読みたい本に登録していた。
この本で書かれていることはどれも僕が過去に感じたことであったように思えて、過去を思い出しながら少しずつ読み進めた。
人の死すらも利用するほどの自己中さ
文夫は自分の過去を明かして、1人の女学生の自殺に関わっていたことを話すがその時に
彼女の死が自分に衝撃として広がり、その衝撃との戦いで充実した日々が甦ることを望む。
あまりに自己中だけど、気持ちはわかってしまう。それだけ今が充実していないということでもあるし、充実している時間が楽しかったということなんだろう。
漠然とした熱っぽい幸福な気分
過去のことを振り返って「あの時は幸福だった」という時に理由を述べられる人は少ないと思う
何がとは言えないけどなんとなく幸福だったあの頃を思い出して、それっぽい理由を見つけ出す
それは受験勉強に打ち込んでいたからかもしれないし、目標があったからかもしれないし、仲間がいたからかもしれない。
でもその理由をいくら分析したところで同じ幸福を取り戻すことは難しい
過去はかけがえのないものなんだけど、過去を否定しないと未来を失ってしまうこともある。
最終的に書きたかったこと
過去を懐古するのはかなり好きだ。この小説はいろんなことを思い出させてくれたしすごく好き。
登場人物の誰もが自分の心を見つめて、自分は今のままでいいのか?と自問している(文夫さんはしてないか?)
でも最近は、そんな自問自答にそれほどの意味があるのか?と思うようになった。
いくら考えたって行動が変わらなければ意味がないからなーとか思ってしまう。
この小説を読み終わった後、俺には何かやるべきことがあるんじゃないか?もっと身を焦がすような生活ができるんじゃないか?と思ったけど何もない気がしてしまった。
というか何かを一瞬やっただけでは身を焦がすことなんて出来なくて、何をするべきか?なんてうだうだ考えていてもわかりやしないので身を置いてみたり、やりたいと思ったことを小さくはじめてみることしかできない
これは冷笑しているわけじゃなくて、
身を焦がす感覚は何かを始めた一瞬からしか始まらないと思うし、
やりたいと思ったことを小さく始めてみること「しか」できないんだと思う
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